いじめ、不登校を経験した独身男性のサクセスストーリー

中学時代のいじめ、不登校から学んだこと、立ち直るまでの道のりやきっかけ~今現在について~未来について、読んでいただいた方の人生に少しでもお役に立てれば幸いです。

ともだちとは?

おはこんにちばんわ

 

すべての時間を過ごす皆さんにご挨拶を。

 

今回は、私のともだちについてお話していきたいと思います。

 

私は、ともだちというものをあるものに例えてみました。

 

それは、『手』です。

 

そのことについての詳細については、後半で話していくとして、まずは私のともだちを紹介していきたいと思います。

 

私には、大人になっても交流のあるともだちが何人かいます。

 

まず一人目は、コウスケ(仮名)という男です。

 

コウスケとは小学校からの顔見知りでしたが、中学のころに共通の友人を介して仲良くなりました。

コウスケについては単発で記事が書けるほどの男なので、また書きます。

 

高校のときに知り合ったミヨン(仮名)、ミツオ(仮名)、ヒロアキ(仮名)の三人の男。

 

ミヨンは在日韓国人?いや、もうすでに日本人です!高2のときの同じクラスでした。ミツオとヒロアキはミヨンを介して仲良くなりました。この3人は地元に帰ると一緒に遊んでいます。

 

大学のときに知り合ったユウ(仮名)、ケンイチロウ(仮名)、アヤヒロ(仮名)、ショウゴ(仮名)の4人の男がいて、ユウが最初にともだちになった男で、ユウを介して仲良くなりました。

 

最近会っていないともだちも何人かいますが、書けなくてすみません。

 

いじめの加害者たちとは、幼稚園や小学校のときに遊んでいました。

しかし、結果的には仲を深められませんでした。

もしかしたら、私がなにか余計なことをしてしまったのでしょうか?

 

読者のみなさん!ご自身の手をご覧になってみてください。

 

その手を開いてみてください。そして、つぎに拳を作ってみてください。

 

そうです。開くと相手と握手ができますが、握り、拳を作ると凶器になってしまいます。

あの人たちとは手を開いて握手できませんでした。

 

 

ともだちへの思いやり、今思えば私に足りなかったことの一つだったのではないかと振り返ったりします。

 

そんななかでも本当のともだちとは?

 

それは、

 

お金を貸してと言ってくる人?

 

パン買ってきてとパシリする人?

 

バカにしてくる人?

 

いつもいじってくる人?

 

苦しんでいる人を見て見ぬふりをする人?

 

そんなのはともだちでもなんでもない!

 

これは、基本的なことですが、相手に対する思いやりだと私は思います。

 

これはともだちに限らず、会社や家族、恋人に対しても同じことですよね?

 

孤独を感じていたあの頃・・・・。

 

私はずっと孤独と一緒にいました。

 

しかし、それは私の勘違いでした。私のとなりにはしっかりとともだちがいました。

 

いま、孤独に感じている人。

 

今一度、周りを見渡しみてください。

 

話題がない・・・話がはずまない・・・一緒にいてつまらない・・・

 

しかし、話もせず、ただただとなりにいてくれる人・・・それが真のともだちかもしれませんよ。

すべてを受け入れて、なにも話さず、ただとなりに寄り添っていてくれる。そんな人が私にはいました。

 

ありがとう!ともだち。

心理カウンセラーという職業

おはこんにちばんわ。

 

すべての時間を過ごす皆さんにご挨拶を。

 

 

今回は【心理カウンセラー】という職業について記事を書きたいと思います。

 

 

心理カウンセラーとは?

 おおまかに言うと、心身にさまざまな問題を呈している人(以下、クライアント)に専門的な技法や検査、面接を通してクライアントの自己実現、つまりクライアントがありのままの自分を受け入れ、その人らしい生き方ができるようサポートしていく職業と説明しておきます。

 普段、私たち人間は、どんなにポジティブ思考の人でも、一見悩みがなさそうに見える人でも大なり小なり問題を抱えていると思います。その悩みや問題は、人によってはカラオケに行ったり、寝たり、遊んだり、好きなことをしたりしてストレス発散して問題を少しでも軽減することでしょう。

 しかし、自分では解決できない内容だったらどうしましょう?

 

そうです。私たち人間は、一人で生きていません。家族や友人、恋人、会社や学校の先輩、後輩、同僚などがいます。解決できるかできないかは置いて、人に相談することができます。自分が信頼を置いている、もしくは安心して話ができる人のほうが相談しやすいでしょう。逆に、内容によっては自分の知らない人のほうが相談しやすいことも考えられます。

また、相談内容が重篤で、生活を送るうえで支障が出ている場合は、自分から(もしくは家族や他人からの勧めで)精神科や心療内科など通うことでしょう。

精神科や心療内科のお医者さんは、基本的に話の概要を聞いて、薬を処方します。

※ここで勘違いしてほしくないのは、薬しか処方しない精神科の医師というイメージをした場合は、極端です。

精神科などのクリニックには心理カウンセラーのような方がいることが多いです。

精神科医からの指示で、心理検査を行ったり、話の内容をより明確にしていったりします。

 

さまざまな関連資格について

 心理系の資格は数多くあります。臨床心理士、産業カウンセラー、発達臨床心理士、学校臨床心理士etc...。

 その中でも、臨床心理士という資格は、内閣府の認可する公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会の実施する試験に合格した者に交付されるものです。臨床心理士の試験を受けるためにはさまざまな条件があります。

※詳細は以下のリンクをご参照ください。

fjcbcp.or.jp

臨床心理士を名乗る人たちは、さまざまな専門機関で仕事をしています。イメージしやすいところだと、学校のスクールカウンセラーでしょうか。他には、病院やクリニックの精神科の心理カウンセラー、一般企業の産業カウンセラー、司法機関の少年鑑別所や家庭裁判所などの調査官も臨床心理士の資格を持っている方は大勢います。

また、発達に遅れがある子どもさんが通う療育センターにも臨床心理士はいます。主に、心理検査や知能検査をとったり、子どもさんへの個別指導や保護者の面談も行います。

 

公認心理師とは?

 心理職の国家資格を求める動きは1950年代からあり、半世紀にわたるさまざまな経緯経て、具体的な法案をめぐる動きは2005年から始まりました。その後、関係する学会、団体や個人の協力がり、公認心理師法が、2015年9月9日に成立し、同年9月16日に公布されました。また、法は2017年9月15日に全面施行されました。*1

つまり、心の専門家が国家資格となり、より一層、社会における認知度や貢献度が期待できることでしょう。

 「風邪引いたみたい」と話すと、「病院行ったほうがいいよ。」というやり取りがどこでも見られると思います。ですが、「ちょっとうつっぽいんだよね。」という話はあまり見られません。うつは心の風邪と言われたことがありました。日本の国民性でしょうか。身体の疾患には比較的オープンなのに、精神疾患についてはよりクローズな傾向にある気がします。

 アメリカの心理の歴史は、日本より10年先を行っていると言われています。日々、最新の研究が臨床の現場で積極的に活用されています。私はアメリカに行ったことはありませんが(笑)、アメリカは日本に比べて、よりオープンにセラピーを受けている印象を受けます。夫婦のセックスレス、DV、不仲は夫婦でセラピーを受けたり、依存症の人は依存症関連のセミナーに行き、同じ境遇の人たちと情報を共有したり、共感したり公共の場に赴きます。

 近い将来日本も、風邪を引いたらネギを首に巻くんだ!と同じように、最近、うつっぽいからちょっと1か月ぐらい会社休むね!なんて日が来ないでしょうか(笑)?

 

 今後の公認心理師の動向

 公認心理師はまだ国家資格になって久しいため、社会的な認知度は低く、貢献度もまだこれからだろう。ただ、これから公認心理師を名乗る人が増えることは予想できるとともに、さまざまな機関で“公認心理師”という名前が聞くことになると思われる。

 一方で、臨床心理士の資格は、公認心理師の認知度や社会への貢献度が発展途上にいることを考えると、まだまだ社会には重宝されるし、必要とされる資格であることは間違いないだろう。

 

まとめ

 心の専門家に関連する資格は数多くあり、さまざまな専門機関で仕事に従事している。

 多くの関連資格がある中で、2015年9月9日に公認心理師という国家資格が誕生し、今後の動向として心の専門家して国の責務を背負い、公認心理師という名前が関連機関で聞くことが増えてくるだろう。

*1:公認心理師現任者講習会テキスト2019年版より

カウンセラーの先生との出会い・・・そして、父

おはこんにちばんわ。

すべての時間を過ごす皆さんにご挨拶を。

 

 前回の記事

ken05260810ken.hatenablog.com

 

前回の記事では、修学旅行について予告していましたが、あるお知らせがあったため修学旅行に関して書くことを自粛させていただきます。

 

今回は表題にあるとおり、私にとっての人生のどん底にいるときに、あるカウンセラーの先生との出会いについてのお話をしていきたいと思います。

 

私は、いつものように学校の下校のチャイムがなると、だれよりも早く颯爽と学校から遠ざかっていた。誰にも会わないようにするには、どの廊下、ルートを使えばいいのか・・・。私の頭の中は、ゲームのRPGのような敵に遭遇しないためにはどのルートがいいのかと同じような思考が働いていた。

 

私は帰路につくまで、どんなことを考えながら歩いていたのだろうか?

家についたらなにをしようか?今日の夕食はなにかな?今日のテレビは面白いのあるかな?・・・・いや、どれも違う。

 

スタスタスタスタ・・・・・。早く歩く足音だけが、私の耳元に響いていた。

なにも考えずに、ただひたすらいつものルートを早歩きで歩いていた。

 

家に帰ると、母が「ちょっと話があるからちょっと座って」

ん?なんだ?私の頭の中には、なんだ?というハテナしか浮かばなかった。

 

母:「実は、知り合いの人からカウンセラーという先生を紹介されたの」

私は、カウンセラーという言葉は聞いたことがあったが、具体的にどんなことをしてくれるのか分からなかった。

母:「〇〇〇の話を聞いてくれる先生みたいなんだけど、どうする?行ってみる?」

 

・・・・私は、即答で「行く!」!と答えた。

その夜、父と母と私の3人で話し合いが行われた。

母は私が行くことを承諾したことを父に報告した。

すると、父が、「お父さんも行くよ」

私:「うん・・・・。」

 

予約していた日の夕方、学校から帰ってきた私を乗せて、車で新井先生の病院まで行くことになった。

病院は、小さな診療所のようなところだった。着いたときはすでに小児科の診察は終了しており、新井先生は夕方からカウンセリングの時間にしているのだ。

 

待合室に入ると、そこには誰もいなく電気だけがついていた。

受付や診察室の向こう側は電気が消えていた。

暗闇の受付に向かって母が「こんにちは。予約していた〇〇です」と声をかけた。

しばらくすると、「はーい」と向こうから高齢のおじいちゃんが出すような声がした。

 

受付から顔を出したのは、本当に声から想像できた優しそうな表情のおじいちゃんだった。その先生は、私のほうをみてニコニコしながら「ちょっと待っててな」と言った。

 

当時の私は、人の笑顔が苦手だった。

とくに、知らない人から突然ニコニコされると、“あっ、俺笑われている。”という言葉が頭の中に浮かぶと同時に、過去の記憶が蘇ってくる。そして、身体は震えだし、心臓が潰されるようにギュウと苦しんでいた。そして、羞恥心のようなものもおぼえた。

 

なぜ、人の笑顔が苦手になったのか?私が心理の勉強をしていく中で、自己分析したところ、このころの出来事が根底にあるのではないかと推測します。詳細は、こちらの記事をご覧ください。 

ken05260810ken.hatenablog.com

 

しかし、新井先生の笑顔には、嫌みとか妬みとか、とにかく雑味がなく、気持ちよく受け入れることができたのだ。

 

待合室に置いてあったマンガを読みながら待っていると

「お待たせしてすみません」と声が聞こえてきた。

 

待合室まで来てくれたのが、新井先生・・・どん底にいた私を救ってくださった方々の中のお一人なのだ。

 

私は、診察室の奥にある相談室のような一室に通された。

新井先生:「どうぞ。どっちに座りたい?」

私:「じゃあ、こっちで(出入口側)」

 

まずは自己紹介から始まった。

新井先生:「初めまして。新井といいます。よろしくお願いします。」

私:「お願いします」

 

※先生とのやり取りの詳細は割愛させてください。

 

新井先生とのセッションでは、さまざまな心理テストを行った。

 

私が先に相談室に招かれ、いろいろな話をした後、必ず両親が相談室に招かれていた。

そして、1セッションは終了となる。こうした流れがほとんどであった。

父が仕事の関係で母と二人だけで行くこともあったが、父は自営業をしていて、日々、忙しかったと思うが、そんな中でもできる限り、一緒に来てくれた。

息子の目からは、そんな風に見えていた。

 

大人になってから母から聞かされたのだが、新井先生からはこんなアドバイスをもっていたとのことだった。

 

新井先生:「お父さん、息子さんともっと会話したり、一緒に時間を過ごしてあげてください。」

 

父は私のために努力してくれました。

 

一緒にでかけるときに誘って外に出してくれたり。

 

高校に入ることも難しい学力だった私が無事、高校に合格できたときはお祝いで草津温泉に連れて行ってくれたり。

 

私が大人になってからも色々と心配してくれたり、美味しいものをごちそうしてくれたり。京都にも連れて行ってくれたり。

 

 

 

お父さん、お母さん、ありがとう!

 

 

★今日の3日坊主男の言葉★

 

お父さんという存在。世の中の誰もがお父さんはいるだろう。

どんな形であれ、お父さんはいる。

私は、今では父と何気なく話すことができるが、それができたのもここ数年間でだ。

それまでは父にわだかまりのようなものを無意識に抱いていた。

 

しかし、私は父のすべてを見ていなかった。

父の悪い部分しか見なかったのだ。人間は誰しも様々な仮面を持っている。その仮面を場面場面によって使い分けている。

悪い部分も良い部分もすべて父なんだ。

ブログに関して読者の方からコメントをいただいたので・・・。

おはこんにちばんわ。

すべての時間を過ごす皆さんにご挨拶を。

 

 

※知人にブログに出てくる担任の対応がよくないと貴重なコメントをいただきましたので、一人が思えば、少なからず他の方も思うのかも!?ということで、私から担任に対する想いを少しだけお話しします。

 

ブログで書いている内容は、当時の私の視点、感情から書いたもので、今現在、そのような感情、視点を持っていません。

少々、哲学的な話になりますが、この世の中、無駄なものは一切ないと考えています。

過去の出来事や人とのやり取りなどは、その人にとって少なからず影響は受けますし、いじめを受けたことだって、今の私にとっては貴重な体験でした。

ただ、この発言は誤解を招きそうなので、説明します。

できるなら、いじめには遭いたくない、そしていじめもしたくない。

しかし、やってしまった、されてしまったという事実は変えられないのです。

当時は本当に苦しみましたが、その苦しみから得られたものを、その人がどう捉え、つぎにどう活かしていくかが大事だと思います。

 

いじめをした加害者を擁護するわけではないですが、いじめ加害者になる人にもそれなりの環境要因(家庭環境、親子関係、学校関係、友人関係等)、心理的要因などさまざまな要因があると言われています。人間は、ストレスがかかえることで、それを軽減するため心身の状態を恒常しようとする働き(むずかしい言葉でホメオスタシス)をします。その軽減方法は人それぞれです。その方法にいじめをするという攻撃行動・・・という考え方もできるかと思います。

 

ダラダラと書いてしまいましたが、なにを言いたいかというと、今の私は、当時の担任をはじめ、学校の先生方、そしてクラスメイトには感謝しています。

(今、現在いじめで苦しんでいる方、学校に対して恨みがある人にこの考え方をお勧めしているわけではありません)

人それぞれ、価値観、捉え方は違うので、自由な考え方でいいと思います。

 

このブログを読んでいただいている方、いつも読んでいただき、ありがとうございます。

なにかコメント等があれば、どんな内容でも構いません。お待ちしています。

 

by kendy

第二の地獄学校生活開幕!・・・私はどうなってしまうのか?

おはこんにちばんわ。

すべての時間を過ごす皆さんにご挨拶を。

 

最近、ありがたいことに仕事が忙しく、日々、充実しています。そのため、久々のブログなってしまいました。

 

※訂正

前回のブログで、次回の予告として【NEXT STAGE 高校受験】となっていましたが、予定を変更して、表題をテーマに書かせていただきます。

 

前回の続き

 

ken05260810ken.hatenablog.com

 

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